マジックの勝つための理論に関する話
2012年12月13日 MTGに関する話僕の意見ではなく、人の意見をまとめたもの。
ただ凄く面白かったので残しておこうかなと。
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[内容]マジックの勝つための理論とは何なのか?
そもそも実生活の上において、理論から構築された事象はほとんど無く。大体が実験、観測におけるデータの積み重ねでしかない。勿論積み重ねられたデータはとても重要だが、これだけだと他人に伝播することは出来ないから、そのために体裁として理論体系化が成される。
これが基本な以上、マジックではプレイテストから強さを勝率等のデータとして測った方が良い。
勿論、理論が必要な場合もあるが、それは他人がそれを使うときである。プレイテストの生のデータを渡すことなんかとても出来ないから、そこからモデルだけを取り出す必要がある。
理論はそういうために存在するわけで、勝つためとはまた別の話である。
強いカードは理論から生まれるわけではなく、使ってみて強い奴が強いわけだ。
理論や目的は調整を始めるためのスローガンとしては必要かもしれない。例えばカードチョイスとして、ヘルカイトが選ばれたことは「飛行が牙に強い」というのは勿論あったはず。ただしラクドスミドルに正式に採用され、GPを制したのはその理論があったからではなく、使ってみて勝率が良かった(強かった)からに過ぎない。
勝った奴が強い。これがマジックの常識である。
では、強くなるためにはどうしたらよいのか、そもそも理論を求めているのは根底に強くなるという目的があり、今までの話はこのことに対する解決策を何も示していない。
ここで一つの例を提示する。
常識を身につけろ、と言われる。常識というのは言語化出来そうで言語化が出来ない、これはあまりに数が膨大であったりそもそもファジィであったりするためだ。しかし、常識というのは言語化出来ないが、身体感覚で理解はできる。そういう身体感覚は言語化しようと頑張った人に自然と身につくものである。だからマジックにも黄金の理論は無いが、黄金の理論を知っている奴はいる。
たまに見受けられる、狭いコミュニティ内において強い人に収まろうとする人がいる。勝つことではなく、競技マジックをしたいだけの人だ。
承認欲求のためにマジックをしていると、勝つこと自体より、理論を優先したくなるときがある。何故かというと、マジック自体は必ずいつか負けてしまうものだから。そういうときに理論が存在しないと、自分のプレイ、デッキ選択、もろもろに言い訳が出来ない。
でもそんなのは負けたのを正当化するための理論であり、勝つための理論ではない。マジックの黄金の理論は説明するための理論ではないから、こういうときには使えない。
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[まとめ]
説明のための理論と勝つための理論は分けて考えるべきで、後者は言語化出来ないはず。
本来求めるべきは後者のはずだが、間違って前者を追い求めてしまうことは往々にして存在するため、そこは気をつけるべきである。
ただ凄く面白かったので残しておこうかなと。
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[内容]マジックの勝つための理論とは何なのか?
そもそも実生活の上において、理論から構築された事象はほとんど無く。大体が実験、観測におけるデータの積み重ねでしかない。勿論積み重ねられたデータはとても重要だが、これだけだと他人に伝播することは出来ないから、そのために体裁として理論体系化が成される。
これが基本な以上、マジックではプレイテストから強さを勝率等のデータとして測った方が良い。
勿論、理論が必要な場合もあるが、それは他人がそれを使うときである。プレイテストの生のデータを渡すことなんかとても出来ないから、そこからモデルだけを取り出す必要がある。
理論はそういうために存在するわけで、勝つためとはまた別の話である。
強いカードは理論から生まれるわけではなく、使ってみて強い奴が強いわけだ。
理論や目的は調整を始めるためのスローガンとしては必要かもしれない。例えばカードチョイスとして、ヘルカイトが選ばれたことは「飛行が牙に強い」というのは勿論あったはず。ただしラクドスミドルに正式に採用され、GPを制したのはその理論があったからではなく、使ってみて勝率が良かった(強かった)からに過ぎない。
勝った奴が強い。これがマジックの常識である。
では、強くなるためにはどうしたらよいのか、そもそも理論を求めているのは根底に強くなるという目的があり、今までの話はこのことに対する解決策を何も示していない。
ここで一つの例を提示する。
常識を身につけろ、と言われる。常識というのは言語化出来そうで言語化が出来ない、これはあまりに数が膨大であったりそもそもファジィであったりするためだ。しかし、常識というのは言語化出来ないが、身体感覚で理解はできる。そういう身体感覚は言語化しようと頑張った人に自然と身につくものである。だからマジックにも黄金の理論は無いが、黄金の理論を知っている奴はいる。
たまに見受けられる、狭いコミュニティ内において強い人に収まろうとする人がいる。勝つことではなく、競技マジックをしたいだけの人だ。
承認欲求のためにマジックをしていると、勝つこと自体より、理論を優先したくなるときがある。何故かというと、マジック自体は必ずいつか負けてしまうものだから。そういうときに理論が存在しないと、自分のプレイ、デッキ選択、もろもろに言い訳が出来ない。
でもそんなのは負けたのを正当化するための理論であり、勝つための理論ではない。マジックの黄金の理論は説明するための理論ではないから、こういうときには使えない。
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[まとめ]
説明のための理論と勝つための理論は分けて考えるべきで、後者は言語化出来ないはず。
本来求めるべきは後者のはずだが、間違って前者を追い求めてしまうことは往々にして存在するため、そこは気をつけるべきである。
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